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名前 おへマガ編集部
おへマガ編集部のえなここです。岐阜県恵那市・中津川市出身&在住の女子。おいしくてカワイイものが好き!
2016/03/15
岐阜や岐阜の人と繋がる場として、全国各地で開催されている岐阜ナイト。
これまで、名古屋や京都、東京で「岐阜」を共通項に集い、語り合う場が開かれてきました。毎回、恵那をはじめ美濃加茂、瑞浪、郡上など岐阜県各地で活躍するゲスト・スピーカーが登場しています。
2月24日は、“白川村にあって都会にないもの”をコンセプトにした「白川村ナイト」とのコラボで「白川村ナイト×岐阜ナイトinNAGOYA」が行われました。
会場となったのは、円頓時商店街にある「喫茶、食堂、民宿。西アサヒ」。
白川村地域おこし協力隊の女子3人による民謡が披露され会場のムードが高まる中、ゆるやかに会がスタートしていきました。
恵那・白川村の素材を用いた郷土料理や、白川村村議会議員高桑さん自らが厨房で作った飛騨牛の串焼きなど、岐阜を感じる料理の品々が並びます。
「白川村ナイト×岐阜ナイトin NAGOYA」の司会を務めたのは、恵那の園原麻友実(写真左)さんと、白川村の福田麻衣子(写真右)さん。まず園原さんから恵那がどんな地域なのか紹介が行われます。
園原さん:「恵那市は人口5万3000人ほどで、都市部からのアクセスが良く、田舎暮らしが出来るエリアとして移住者が増えています。2014年は、62世帯、165名が移住しました。」
高島さん:「白川村は、人口が1700人に対し、観光客は年間150万人訪れています。観光に関しては好調ですが、人口が右肩下がりに減少している点が心配です。
40分から1時間ほどの滞在で帰ってしまう観光客に対して、白川村の暮らしの部分を知ってほしい。世界遺産以外の料理や人といった新たな興味の目線を持ってもらうために、白川村を紹介するイベントを都市部でおこなっています。」
福田さん:「関東で就職したんですが大阪に配属になり、10年間働きました。10年のタイミングで千葉に帰ろうと仕事を辞めたんですが、日本仕事百貨という求人サイトを見て、白川村に興味を持ちました。
建築を勉強していたことや空き家の改修に関心があったことから、大阪時代には、趣味で古民家のリノベーションをやっていました。地域が元気になる場所の役割を考えることが面白いなと思っていたのですが、そういったことが出来る場所が白川村にありました。」
岡田さん:「名古屋に近く、田舎暮らしが出来るところが良いねと探していました。
名古屋から北上して場所を探していたのですが、恵那に入った途端に、空気が変わった気がしたんですよね。私が住んでる飯地町は、恵那のなかでもがっつり田舎暮らしが出来るところで、名古屋から1時間でこれだけの田舎っていうのはないなと感じています。」
小林さん:「合掌集落がある所は人が多いんですが、私が住んでいるのは周りに5,6件ぐらいしか家のない集落のなかにある村営住宅です。
当初は歩いて行っても人に会わず、欝々としていたのですが、だんだん友達が出来たり、近所の人がお茶や南瓜を煮たのを出してくれたり歓迎してくれて、繋がりが出来てからは楽しくなりました。子連れというのは、可愛がってもらえるポイントだったのかなと振り返って思います。」
須原さん:「世界の食糧問題に関わるボランティア団体にいたのですが、日本の食糧問題もやばいのではないかと視点が変わって、自分で食べるものぐらい自分で作れるような環境に住みたい、田舎暮らしがしたいと感じるようになりました。
群馬県で緑のふるさと協力隊というかたちで、1年間農家を周る仕事をしていて、群馬も大好きになったんですが、実家の名古屋から5時間かかる距離の問題もあり、名古屋に帰って。
ただ、田舎暮らしに対する憧れを諦められず、岐阜か三重で道を模索していた時に、恵那で地域おこし協力隊の募集があって、応募しました。」
小林さん:「私は結婚して子供を産んでから白川村へ行きましたが、もし結婚したてで行っていたら、『子どもは?』と聞かれていたのではないかと思いますね。
すぐ『どこで働いているの?』というように『住む=仕事』というのがあって、都会であれば隣の人がどこで働いているか知らないと思うんですけど、全部みんな知ってて、繋がっているという感じがあります。」
福田さん:「白川村は、専業主婦が少ないと思います。お仕事を掛け持ちしている人が珍しくなくて、とても忙しい。
『夜は○○会の集まりがある』と、村で一緒に何かしたいという前向きな気持ちを持っていても動ける人がいないところはありますね。」
岡田さん:「飯地町にずっと住みたいと思って移住してきて、周りの自然環境も凄く良くて、目指した暮らしが出来ています。
ですが、田舎の人って森や自然が当たり前になっていて、価値を見出している人が少ないんですね。開発されてしまったり、変な施設を誘致して環境が壊されたりしたら住み続けることは考えてしまうかな。」
岡田さん:「今私たちが住んでいるのは、標高が600mの高原の町です。村の人は、天空の里、外からは恵那のチベットと言われています。
今年度から飯地町で串原で経験したリフォーム塾と、豊田が行っている千年持続学校を良いとこどりして、リフォーム塾を始めました。地元の大工さんや職人さんの指導を受けながら1年かけて空き家改修を行って、移住して入居する方も決まりました。」

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