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インタビュー

|第9回|伊藤一樹さん<書画家/Iターン>

2015/12/07

伊藤一樹
●伊藤一樹さん(いとうかずき)
愛知県春日井市出身。2014年に岐阜県恵那市岩村町に移住。
書画家として、個展や教育機関・企業での講演も行っており、全国の幅広い層から支持を得ている。2015年のミラノ万博にも作品を出展。

 

 

800年ほどの歴史を持つ三万石の城下町として栄えた岐阜県恵那市岩村町。
重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、今もまちのいたるところに歴史ある町家や数多くの旧跡を有しています。

岩村城下町
 

最近では、空き家となった町家をオフィス、ギャラリー、ゲストハウスに活用する動きが積極的に行われており、移住者が続々と増えている人気エリアでもあります。
中でもここ数年、彫刻、木工など様々なアーティストやクリエイターの移住が増えているんだとか。

一年前に移住したという伊藤一樹さんもそのひとりです。
独自の筆文字を描く書画家として、心に寄り添うように言葉を描く活動スタイルが評判を呼び、個展や講演などで全国的に活躍。拠点となる岩村のギャラリー 『言の葉ギャラリー 約束の樹』 には、全国から人が訪れているそう。
移住までの経緯や、現在の活動についてお話を伺ってきました。

 

|いろいろな出会いに導かれ、岩村へ

——ようやく伊藤さんにお会い出来て嬉しいです。面白い人がいるよって、ずっとお話をうかがっていました!岩村に移り住んでどのくらい経つんですか?

「ちょうど今、一年ですね。
僕は春日井で生まれて、名古屋の守山区に5年くらい住んで、ここに移る前は土岐市に4年ほど住んでいました。
守山区に住んでいたころに作家活動を始めて、やっぱり自然が近い場所で創作活動をしたいという思いはありました。当時から本当は恵那に行きたくって、ただギリギリ名古屋の人がここまでだったら行ってもいいかなと思う距離が土岐くらいかなって思ったんですよ。45分くらいで行けて、それを超えちゃうと来にくいだろうなって思って。いきなり恵那は遠いかなと思って、とりあえず土岐に引っ越しました。いずれは恵那の方へっていう思いはずっとあったので、今回念願かなって恵那に、ですね。」

 

——恵那がいい!って思ったのには、なにかきっかけがあったんでしょうか?

「なんかね、車で19号をずっと走ってくると、恵那に入るとなんか空気がかわるんですよ。土岐や瑞浪ではそれは僕ら夫婦は感じなくって、なんでか恵那に入るとなんだろう?エネルギーっていうのかな?自分たちにあっているのか何か分からないけれど、あぁ気持ちいいなっていう空気を感じて。だからすごく恵那っていいね〜いいね〜って言ってて。それだけですね、直感です。
岩村とは思っていなかったですよ?当時岩村っていう場所があることさえ知らなかったので。」

 

——エネルギーを感じたっていう表現をされる移住者さん、よく出会います(笑)
地名もしらなかった地域への移住。どんな出会いや思いで決めたんでしょう?

「以前仕事でお世話になった恵那にある会社の知り合いの方に、岩村の物件を紹介していただいたことがきっかけです。それがこの家ですね。

オーナーは後藤さんという方なのですが、後藤さんが僕にすごい興味を持って気に入って下さって。「あんたみたいな人が岩村に来てもらったらすごく活性にもなるし、なんせわしはあんたのファンだから」って言って下さったんですよ。

僕らは知らない土地に移住するって結構不安もあるわけで、なじめるかなとか、なじめないって話も聞くし、大丈夫かなってずっと思っていたんですけど、たった一人でもファンでいてくれる人がいるだけで違うなって思って、それで腹をくくってここに移住しようって決めました。
おかげさまで周りはいい方たちばかりで移ってきてよかったなって思います。」

 

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|建築から、書へ

書画家として活躍する伊藤さんですが、意外なことに書は嫌いだったといいます。

「もともと僕はずっと建築だったんです。
高校、専門学校と建築を学んで、普通に名古屋の大手の建築会社に就職して最初は営業マンをやっていました。辞めてからは、ピースボートで船の旅に出たり、造園の仕事をしたり、また建築に戻って図面の仕事をしたり。
嫁さんと一緒にイベントを開催して場づくりもしていましたね。本当にいろんな人に出会って、ネットフリーペーパーっていう人物紹介サイトを運営していた時期もありました。

だから未だに恥ずかしい話、僕は書の知識って知らないんですよ。そういう意味では全く知識がなかったからいきなりそれを度返しした作風が描けたのかもしれません。」

 

——どうして建築から、書に?もう、ぜんぜん違いますよね。

「いろいろと順調だったことがうまくいかなくなっていって・・・。
経済的にも精神的にも支えを失って人生のどん底のようなときに、たまたま家に筆ペンがあったんですよ。

その時のもやもやした気持ちをいっぱいスケッチブックに書きなぐって。それが僕の作家人生のはじまりですね。

お金が当時全然なかったら、百円ショップの筆と百円ショップの紙と墨汁を持ってストリートに出て書き始めて。おかげさまで公演会の依頼をいただくようになって、いつかギャラリーを持ちたいなと思ってたときにご縁があってここに来て、今活動8年目です。

自分が思い描いていた人生とは、全く違う人生なんですよね、今は。こうなりたくてこうなったというより、なんかこう導かれるようにこうならざるを得なかったという感じで今活動させてもらっています。挫折して、そこに筆ペンがなければ、また全然違う人生だったと思います。」

 

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伊藤さんの作品は、どれも本人の人柄がそのまま表れたかのようなあたたかみを感じるものばかり。
”角々しくて力強い字ではなく、角がなくて力強い字を書きたい。”
そんな字を追い求めて書き続けているうちに、今の書体になっていったのだといいます。

 

——どんな風に作品を生み出しているんですか?

「普段からいろんな人にあってお話をしていると、人って誰もがみんな一冊の本になるような物語を生きているんだなっていうことを気付かされて。あぁこの人の体験してきたことを多くの言葉じゃなく、一つのはがきサイズの言葉に収めるとしたらどんな言葉だろうって削ぎ落して削ぎ落して想像したときに、一つの言葉が生まれたりします。
言葉の重みを知っている人ほど、こういう言葉を敏感に目にとめて下さる。またその人との出会いで新たに作品が生まれたり、そういうことを繰り返していますね。」

 

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——伊藤さんの作品との出会いで、心が軽くなったり人生が動いていったり。ここのギャラリーは、訪れた人に何か変化を与えてくれるような場なんですね。

「これからもっとそういう場は増えてくると思いますね。
心のよりどころになる場っていうか、今ってSNSとかデジタルな中での繋がりがバーって広がってきていることと比例するようにリアルな場が必要となってくると思うんですよ。それが大きい小さいとかではなくて、小さいけれどたくさん増えていくと、心のよりどころになる。孤独を感じることが少なくなれば、もっと生きやすくなるのかなと思います。」

 

たったひとつ、自分が開放できる場所が側にある。
それだけで、人生は豊かになるのかもしれませんね。

 

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|ミラノ万博出展作品お披露目展を開催

イタリア・ミラノで開かれた国際博覧会2015の日本館認定イベント「JAPAN ART TASTING EXPO in MILANO」に出展した作品のお披露目展が、12月12日(土)〜20日(日)に岩村のギャラリーにて開催されます。

『地球に食料を、生命にエネルギーを』という今回の万博テーマに合わせ、大いなるエネルギーの源は太陽だとの思いから生まれた作品『太陽』。
オーダーで作ってもらったという木の額縁と共に圧倒的なエネルギーを放ち、海外で大きな反響があったそう。

お披露目展の会期中は、もちろん伊藤さんも全日在廊。
会場では【お名前入り作品】実演書き下ろしも行われるそうなので、心を癒す作品と伊藤さんに会いに足を運んでみては?

 

~ミラノ万博出展作品 『太陽』 お披露目展~

開催日:2015年12月12日(土)~20日(日)
時 間:10時〜16時30分
会 場:言の葉ギャラリー約束の樹(岩村駅より徒歩10分)
住 所:岐阜県恵那市岩村町1607番地
電 話:0573-32-1455
ウェブ:yakusokunoki.com

 

 

過去のインタビュー記事

・第8回|鈴村直さん<NPO法人恵那市坂折棚田保存会>
第7回|中島昇治さん<株式会社 豆の匠中島豆腐>
第6回|加納真弓さん<道の駅加子母駅長>
第5回|中田誠志さん<美濃丈プランニング代表>
第4回|市岡めぐみさん<国民宿舎 恵那山荘>
第3回|高橋侑子さん<ちこり村>
第2回|須原由里加さん<地域おこし協力隊>
第1回|川上瑛さん<串原農林>

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